創業 寛永末期 京刃物 金高刃物老舗
「暖簾、伝統よりも技術にこだわる」
「商いは、飽きたらあきません。牛のよだれのように
細く長く続けることが大事なんやけど、悩みは後継者
伝統があるから、ついついしんどいことを言うてしま
まうんですが、それではやる気が起こりません。老舗
も今の時代に生きてるのを忘れたらあかん思てます」
と、快活に話すのは、『金高刃物老舗』六代目当主の
山田耕造さん。
金高刃物の創業は三百五十年前、寛永末期と伝えられ
ている。初代は、美濃国で備後守藤原金高という銘を
持つ刀鍛冶の家に生まれたが、長男ではなかったため
剃刀鍛冶として身を立てるべく京へ出て二条城近くの
御池に店を構え、藤原金高を屋号とした。
現在の店は、天台宗頂法寺、というより六角堂の名
で親しまれている寺の真向かいにある。蛤御門の変、
ドンドン焼けですべて焼失、世が改まり明治になって
からは、握り鋏など京都に欠かせない呉服の鋏を主に
作り続け、五代目清一さんの時から、花鋏も作るよう
なり、池坊御用達の店として、現在は花器、剣山など
も取りそろえている。
金高刃物では、客のすべてが、手作りの高価な物を
必要とするわけではないと考え、これまで培ってきた
技術を駆使したものをメーカーに独自に発注、使い手
にあった鋏の量産を可能にさせた。
「職人さんには、特に研ぎに力を注がせてます。善し
悪しが分かり、いい刃物を作ることに繋がります。
昔は、技術は盗めといって、なかなか教えてくれな
か ったんですが、うちでは月一回研修会もしていま
す」
伝統にこだわるのでなく、技術にこだわるという
姿勢が、金高刃物を支えている。